母子手帳が日本ではじめて交付されたのはいつかご存じですか?
それは、1942年のこと。
太平洋戦争勃発が1941年、ポツダム宣言が1945年ですから、
なんと戦時中のことだとわかります。
もともとは、戦争下において、人口を増やすことを目的とするという意味もあったようです。
だからたとえば、「一組の夫婦につき三人以上の子供を産むこと」などということも書かれていたのだとか。たしかに、「少子化」が叫ばれる現在、一組の夫婦に三人以上の子供がいるという家庭は珍しいですよね。でも、二人の人間の間に一人以下の子供しかいなければ、人口はしりすぼみになっていくのは、計算するまでもない明らかなことです。
現在では、結婚しない人も増えていますから、なおさらです。
戦争中は、戦死する人も多く、人口の増加は急務だったのでしょう。
当然のことなのかもしれませんが、母子手帳誕生の経緯がそのようなものだったと考えると
すこしさびしいですね。ちなみに当時は、「母子健康手帳」という名前ではなく「妊産婦手帳」と呼ばれていました。
さて、戦争下において、人口を増やすことを目的として生まれた母子手帳。
現在と大きく違うのは、母子手帳を持っていれば、
優先的に食べ物を配給してもらうことができたようです。
母子手帳が現在のように、母本人の手で成長記録や出産時の記録などを
書き込めるような形になったのは、1981年のこと。
当時はまだ、都道府県が交付するものでしたから、それほどのバラエティーはありませんでした。
私が生まれたときの母子手帳を見せてもらいましたが、
赤ん坊の写真が青っぽいインクで印刷された表紙の地味なもの。
現在の可愛らしい母子手帳がうらやましいです(^^ゞ